FC2ブログ

着たいものを着るよ

Home > スポンサー広告 > スポンサーサイトHome > 未分類 > 『ここに私の秘密について書き記しておこう』第五話前編

--.--.-- -- スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2010.10.01 Fri 『ここに私の秘密について書き記しておこう』第五話前編

*ある女の子の独白調小説(フィクション)
前回の続き。かなり長いので折りたたみ。

自分の意思とは関係なく、スイッチが入ると性的興奮に翻弄される体質を持つ「私」が、夏休み明けの体育祭でさまざまなピンチに陥る。

- 短距離走のスタート直前にスイッチが入ってしまい、感覚が頂点に向かって高まる中、スタートの合図が鳴った。
- ダンスの途中で雨が降り、体中を泥だらけにすることを強いられつつも踊り続けなければならない。


=============================
 夏休みが空け、直後に行われる体育祭が迫っていた。私は小学生の頃は、クラスの中で一、二を争うほど足が速いほうであった。しかし、同学年の子の体は成長、発達してきたのに対して、私は成長が遅く、中学に上がる頃にはクラスの中ではちょうど真ん中くらいの成績となっていた。にもかかわらず、小学校からのクラスメイトは、未だ私の足は速いという印象を持っていた。そのため、私は短距離走の代表に選ばれてしまった。

 短距離走の代表に選ばれたからといって、その練習をする機会はほとんどなかった。その代わりに、集団で行う練習――入場行進やラジオ体操、女子全体で行うダンスの練習ばかりをさせられた。二学期に入ったばかりの運動場の地面は、蜃気楼が上っているように見えるほどに熱く乾いていて、時折巻き上がる黄土色の砂埃が私の体中にまとわりついた。体操服は茶色く汚れ、手足はザラザラ、髪の毛はパサパサ、顔中ベトベトになり、口の中は砂の味がした。面白みのない反復運動の連続で、私の気力、体力ともに削られていった。

 そんなある種拷問めいた状況の中でも、時々私の中であの感覚が沸き起こることがあった。私は夏休みに失禁をした体験のことを思い出し、集団の中で感覚が達しないように相当神経を尖らせていた。するとどうしても集中力が分散してしまい、私はしばしば集団行動の中でミスを犯した。

 そのたびに先生に叱責され、見せしめのように最初からやり直しを命ぜられ、周りの顰蹙を買ってしまった。そのため、私は集団行動にほとほと嫌気がさしていた。友達が頻繁に私のことを慰めてくれたのが救いであった。

 そして体育祭の本番当日を迎えた。運動の得意な友達は大はしゃぎで、随分と意気込んでいた。しかし、クラスの勝敗にも個人の成績にもあまり興味が沸かなかった私にとっては、無駄に疲労するだけのこの一大行事は、私を憂鬱にさせるのに十分であった。

 それでも、こういう行事が何らかの形で思い出に残っていくんだろうな、と、朝の雰囲気を感じさせない灰色に濁った曇り空を見ながらぼんやり考えていた。しかし、この日は私にとって別の意味で忘れられない一日となった。



 開会式が終わった後、すぐに私の出番である短距離走のプログラムとなった。この競技が朝一番に終わることは、私にとって救いであるように感じられた。呼び出しの放送にあわせて入場門に赴き、合図とともにグラウンドに小走りで入場した。自分がつけているゼッケンのサイズが私にとって大きく、肩の部分の紐がすぐにずれて落ちそうになるのが気になった。

 一年生の私は最初に走ることになり、自分にあてがわれたレーンの上に立った。クラウチングスタートのポーズをとって、意識を集中させてスタートの合図をじっと待っていた。急激な緊張感によって喉が渇き、手足が小刻みに震えていた。間もなくスタート、というときに、あろうことか、あの感覚が現れてしまった。

 突然の感覚の襲来に、私の集中力は大きくかき乱された。気を取り直す暇もないうちに、スタートを告げる銃声が鳴り響いた。私はどうにでもなれ、と思って地面を思い切り蹴り飛ばして走り出した。その瞬間にフライングを示す銃声が鳴り、レースは中断、仕切りなおしとなった。私の左側のレーンの人がフライングだった。

 一旦スタートを切ったおかげで、先ほどまでの緊張はどこかに消えていた。しかし、その代わりに私の中ではあの感覚が大きくうねりを上げて暴れまわっていた。再スタートまでの間、あの感覚が私の体を蹂躙し続けることになり、私は自分の運命を呪った。

 私は感覚を必死に抑えつつ、改めてクラウチングスタートのポーズをとり、銃声が鳴るのを待った。時間の流れが急に遅くなったように感じられた。私の額から汗がひとすじ垂れ、地面に染みを作ったのが見えた。手足は震え、腰が小刻みに前後に動いているのが分かった。しかし、それは緊張によるものではなかった。

 再スタートの銃声が鳴り響き、私はなりふりかまわず地面を蹴った。いったん走り出すと、不思議なことにあの感覚がどこかに消えたような気がした。私は力の限り両腕と両脚を動かして全力疾走した。私はほとんど何も考えずに走り、そのままゴールラインを駆け抜けた。

 足を止めると、急激に体中が重くなり、膝から崩れ落ちるようにゴール横にしゃがみこんだ。疲労が時間差で私の体を襲い、私の体は酸素を求めて必死に呼吸を繰り返した。すると、先ほどまで影を潜めていた私の中の感覚がいきなり暴れ始めた。

 疲労に覆い隠されていたその感覚は、その姿を現した途端にはじけ、電流となって私の酸欠の脳をぐちゃぐちゃにかき乱した。苦痛と快感が混ざり合って体中をほどばしり、その二重の責め苦に対して、私の口からは理由の分からないうめき声が漏れた。私の意識はどこか分からない中空をうろつき、視覚、聴覚共に失われたような気がした。

 急に自分の腰がぶるぶるっと揺れ、下半身の筋肉がふっと脱力し、生暖かく湿った感触が体操服のブルマーの内側にじわっと広がった。ぱたぱたっと、二、三の滴が乾いた地面を叩く音が聞こえた。私の意識は急速に現実に引き戻され、背中がかあっと熱くなり、冷や汗がぷつぷつと一斉に生じた。私は反射的に下腹部に力をこめて流れを遮断した。そして、地面に生じた染みに足で砂をかぶせて消した。

 私は恐る恐る自分の股間を見た。ブルマの股間の部分が水分でわずかに暗く染まっていて、濡れていることを示す鈍い光沢がその表面に現れていた。私はやってしまった、と思い、すぐにその部分の水分を体操服の裾でできるだけ拭き取った。ブルマは元々暗い紺色だったので、染みは傍目から見てもほとんど分からない程度であった。

 しかし、競技が終わって退場するまでの間、グラウンドで待機していなければならなかった。私は、体操座りの格好で両腕を太ももの裏に回して、できるだけ自分の股間を隠すように努めた。その後の短距離走の結果は全く頭に入らなかった。呼吸はその間じゅうずっと乱れており、頭の芯はぼんやりとして現実感は薄く感じられた。それとは対照的に、どくんどくんと脈動を繰り返す股間の焦らすような疼きが気になってしょうがなかった。



 短距離走が終わったあたりから雲行きが怪しくなり、灰色に濁った空から雨粒が落ちてきた。まだ明るい空から音もなく降る雨の勢いは弱く、体育祭はそのまま続行となった。私の肌が雨粒で濡れる速度と、水分が蒸発していく速度が同じくらいの頼りない勢いの雨は、ただいたずらに空気中の湿度を上げて私を不快にさせるだけであった。

 朝一番に短距離走を終えた私の残りの出番は、女子全体で行うダンスだけであった。短距離走ですっかり疲れた私は、自分のクラスの応援席の端のほうに腰掛け、頭にスポーツタオルをかぶせて競技が進行するのをぼんやりと見ていた。その間も、下半身から周期的に送られてくる熱く湿った不快な感触に気をとられた。

 下着の様子を確認するために、周りに気づかれないようにそっとブルマの裾から指を入れると、中は随分と熱く、粘っこい透明な液体が指に絡まった。しかし、着替えのブルマと下着を一着しかもっていなかったので、雨が降り始めた今着替えるわけにはいかなかった。私は着替えは後ですることに決め、濡れた指をタオルで拭った。

 友達は長距離走の代表に選ばれていて、見事に一位を取った。トラックから退場しているときに私のほうを見て笑顔でピースサインをしてきたので、私はそれに応えて手を振った。彼女は長距離走のほかに、縦割りクラス対抗リレーの代表にも選ばれていた。その出番までは私の隣に座って色々とおしゃべりをした。饒舌な彼女のおかげで私は退屈することはなかった。

 昼食前最後の時間に、女子全体のダンスのプログラムとなった。未だ雨が降り続いていて、グラウンドには水溜りができるほどではないが、ところどころに雨水による光沢が現れ始め、全体的に粘り気を帯びてきていた。

 ダンスのポーズの中には、組体操のように膝をついたり地面に寝転がったりする場面があった。私は体操服が汚れるのが嫌でしょうがなかった。それなのに、このような地面の状態の中でダンスを披露しなければならないことを思うと一層気が滅入った。

 私はクラスで一番背が低いこともあり、観客席からは最前列の位置取りであった。不幸なことに、私が踊ることになった場所の地面は、ひときわ土が雨水で濡れていて、靴をその地面に着けるだけでやや茶色がかった黄土色の泥水が浮かんでくる有様であった。しかし、この時点で今更立ち位置を変えることは許されなかった。

 小雨が降る中、すぐに流れ出した明るい調子の音楽は、私の神経を逆なでするのと同時に、ある種の強烈なプレッシャーを私に与えた。そのプレッシャーとは、時代錯誤とも思えるような厳しい練習を繰り返すうちに、知らないうちに私に植えつけられたものであった。条件反射とも刷り込みとも言えるものであった。わたしはそれに逆らうことができず、半ば開き直って体中を泥で汚す覚悟を決めた。



 私は音楽に合わせて、決められたポーズを次々ととっていった。ダンスのステップを踏んでいるうちに、地面から水が染み出してきて液状になり、水気を帯びた音が聞こえるようになった。泥水が跳ねて、白い靴と靴下が点状に汚れた。地面に両手を着けると、てのひらが茶色い泥水にまみれた。

 次に、地面に体操座りで座らなければならず、私は意を決してお尻を地面に着けた。ひんやりとした水の感触が急速にお尻全体に広がった。ブルマと下着とお尻が泥水に浸食されるおぞましい感触に、私は寒気を覚えた。

 次にとらなければならないポーズはブリッジであった。私はブリッジのポーズに移行するため、体育座りの格好から背中を地面に密着させて寝そべった。先ほど体験した気持ち悪い感覚が、今度は背中全体と後頭部にぞわっと広がった。

 その体勢から背筋を使って背中を目いっぱい反らせ、両手のひらと両足で体全体を支えた。体操服にしみこんでいた泥水が頭のほうへ流れてきた。耳の後ろで二つに分けて結んだ髪の先から、泥水がポタポタと垂れた。泥水が太ももを伝って流れ、靴下と靴を茶色く染めた。首筋から泥水が伝い、頬から額にかけて流れて私の顔を容赦なく汚した。こうして私は全身満遍なく泥水にまみれてしまった。

 私の周りのクラスメイトを傍目で見ると、私と同じように体操服が泥で汚れていた。しかし、客観的に見るまでもなく、私が一番泥まみれなのは明らかであった。両手両脚、体操服や下着、顔や髪の毛までも泥まみれにして、ダンスを踊り続けなければならないことに、恥ずかしさと惨めさで私の目には涙が浮かんできた。

 そんな中、私の中の誰にも向けられない怒りや、泥だらけになることで得られるある種の開放感などが、一瞬で全て焦りに変わった。短距離走のときから、ずっと股間がむずむずするような感覚が私を悩ませていた。その感覚が私の体のなかで燃え上がるように強く感じられるようになった。まるでそれを待っていたかのように、体の反応がずいぶんと敏感になっていた。

 ダンスをこなしつつも感覚への対処に考えているうちに、すぐにあの感覚は私の中で限界を迎えそうになっていた。私の下腹部に別の生き物が棲んでいるかのように、どくんどくんと波打っては、求めてもいない焼けただれるような快感の渦を全身に送り込んできた。

 現実感が急速に薄くなっていく頭の中で、ダンスの残り時間を計算した。ダンスが終わり、退場するところまでを含めると、まだ五分以上残っていた。あの感覚を我慢すればするほど、その反動として、達したときの感覚が強いことを、私は認識していた。

 最後まで感覚を我慢するか、もしくは、感覚がそう強くないうちに達してしまうか、選ばなければならなかった。私としては、感覚が激しく達してしまい、周りに気づかれることだけは避けたかった。感覚がはじけるのを我慢するのは止めて、私はそれをしっかりと受け入れることを覚悟した。


つづく。

Comments

name
comment
comment form
(編集・削除用) :
管理者にだけ表示を許可
アクセスランキング
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。